これまでの「火曜会」で行われてきた臨床研究のいくつかを紹介します。
1)透析患者の動脈硬化と代謝異常に関する研究
MAP-ESRDコホート
本院の維持透析患者265名に空腹時採血し、超遠心法によるリポ蛋白定量を行い、中間比重リポ蛋白(IDL)の増加を明らかにした(Atherosclerosis, 1997)。
さらに、中間比重リポ蛋白の増加が動脈壁硬化度(PWV)に独立した関連をもつことを世界で初めて示した(JASN, 1998)。
さらに、動脈壁硬化度PWV高値が透析患者の心血管死亡の独立した予測因子であること、糖尿病で予後不良なのは糖尿病群でPWVが高値であること(JASN, 2001)、非糖尿病透析患者では、インスリン抵抗性指標であるHOMA-IRが高値であれば心血管死亡リスクが高いこと(JASN, 2002)を示した。
また、酸化LDLは免疫原性があり、体内に自己抗体ができる。この抗酸化LDL抗体価が高いと心血管死亡リスクが低いこと(Kidney Int, 2002)をこのコホート研究で示した。
保存期腎不全の動脈硬化研究
未透析腎不全の段階で頸動脈内膜中膜壁肥厚度IMT (Kidney Int, 2002)や動脈壁硬化度PWV (Kidney Int, 2004)が維持透析患者に匹敵するレベルまで高値になっていることを示し、透析導入前にCKD患者の動脈硬化が高度化していることを証明した。透析患者は本院の患者のデータ。
慢性透析患者の疲労と心血管イベント研究
井上病院を含む4施設で1,122名の患者をエントリーし、健常者、慢性疲労症候群患者との質問紙による疲労度、自律神経機能、ヘルペスウイルスの再活性化率を調査し、透析患者には健常者と変わらない群とともに慢性疲労症候群と同程度の高度疲労の患者群が存在し、高度疲労が心血管イベント発症の要因となっていることを証明(CJASN, 2010)。
DREAMコホート
2004年に登録した518人の井上病院の透析患者を対象に2009年までの5年間の心血管イベント(190件)と総死亡(110件)に関連する危険因子を解析し、①副腎アンドロゲンDHEA-S(NDT, 2012)、②多価不飽和脂肪酸(EPA, DHA)プロフィール(AJKD, 2013)、③心胸比(CTR)とNT-proBNP(JAT, 2017)、④多価不飽和脂肪酸代謝酵素D5D index(投稿中)、⑤コレステロール合成・吸収マーカー(Lathosterol, Campesterol)、⑥酸化ストレスマーカー(dROMs)、⑦Fetuin-A、⑧尿毒素indoxyl sulfate、その他⑧ヘプシジン、⑨IGF-1、⑩酸化LDL、⑪抗酸化LDL抗体価、⑫甲状腺ホルモンなどを解析中。
活性型ビタミンDコホート
本院の透析患者で、活性型ビタミンDで治療を受けている人はそうでない人に比べ、心血管死亡リスクが低いことを世界で初めて示した観察コホート研究(NDT, 2004)。
J-DAVID試験
上記の活性型ビタミンD観察コホートの結果から着想し、VDRA投与による心血管イベント予防効果を検証しようとした多施設共同ランダム化比較試験に参画。
本院を含めわが国の207の透析施設からなるJ-DAVID研究会を組織され、976人の維持透析患者を対象に、アルファカルシドール投与群とVDRA非投与群にランダム割付し、4年間に生じる心血管イベントリスクを比較。
2004年のコホート研究発表の後、研究計画を立て、2008年から症例登録を行い、2011年初めに最終症例の登録が完了し、2015年に観察期間は終了。現在は集計を完了し、解析中(方法論文:Renal Replacement Therapy, 2016)。
2017年6月の欧州腎臓透析移植学会と日本透析医学会にて解析結果を発表。
2)糖尿病透析患者の血糖管理に関する研究
ODDS-1, Osaka Diabetes and Dialysis Study-1
1989年1月~1997年12月末の間に当院で新規血液透析導入後,1999年12月末まで転帰を追跡しえた糖尿病患者150例の導入時HbA1c別による生命予後解析を解析した10年間の観察研究(Diabetes Care, 2001)。
この研究は米国糖尿病学会でのトラベルグラントアワードを受賞。論文掲載したDiabetes Careのタイトルページを飾り、米国腎臓財団K/DOKIガイドラインにエビデンスとして引用される。
ODDS-2, Osaka Diabetes and Dialysis Study–2
1995年5月時に安定して維持透析をうけている当院の糖尿病透析患者114名での維持透析時のHbA1c別によるその後の生命予後を解析した7年間の観察研究(Diabetes Care, 2006)。
本研究も論文掲載したDiabetes Careのタイトルページを飾り、米国の専門新聞Endocrine Today紙に取材掲載される。
3)透析患者の運動機能低下・認知機能低下に関する研究
CHAIRスタディ
井上病院の透析患者を対象とした運動療法のランダム化比較試験で27人が登録。
12週間にわたる椅子からの立ち上がり運動(介入群)とストレッチ(対照群)で、ADL自立の指標であるFIMの変化(改善)を比較。主要評価項目であるΔFIMは椅子からの立ち上がり運動群で有意に大きな改善を示した。
この研究は大阪透析研究会のコメディカル助成賞を受賞し、英文誌に掲載された(J Ren Nutr, 2014)。
ODCSコホート
高齢化する透析患者における認知機能やADLの低下に影響を与えている危険因子を明らかにする目的で、本院を含む17施設の共同研究。2012年6月末に1,697人の透析患者を登録。年に1度、認知機能検査(3MS)やADLなどの調査を行い、2017年度まで追跡予定。
PPAP&F
Protect (prevent) Patients from ADL Problems and Falling. 透析患者が困難感をもつADLとその改善のための介入ポイントを探索する観察研究。透析患者の転倒予防にも役立つものを目指して進行中。
臨床現場から学ぶ
火曜会で編集した”透析患者の検査データ・ブック(中外医学社、1987年)”、”糖尿病性腎症の透析(中外医学社、1989年)”などがあり、また、以上述べた研究以外にも、前院長の田畑先生による「透析患者におけるビタミンDによる免疫作用」を報告したJCEM誌(1986)の論文が井上病院から世界に初めて情報を発信し、辻本院長の508名の患者さんの臨床データから「ビタミンDが呼吸器感染症の予後の改善要因となる」という論文(CJASN, 2011)など、井上病院から100編以上の論文が世界に発信されています。
その牽引力になったのは、故井上隆先生のご尽力により1984年当時に病院の臨床データをIT化できたことによるのではないかと思います。
ここにも故井上隆先生の「臨床現場から学ぶ」というご遺志が現在まで伝わってきています。
本文中に示した国際誌の略注(出典順)
- Atherosclerosis(欧州動脈硬化学会誌)
- JASN: Journal of the American Society of Nephrology(米国腎臓学会誌)
- Kidney Int: Kidney International(国際腎臓学会誌)
- CJASN: Clinical Journal of the American Society of Nephrology(米国腎臓学会臨床誌)
- AJKD: American Journal of Kidney Disease(米国腎臓財団誌)
- J Ren Nutr: Journal of Renal Nutrition(国際腎臓栄養/代謝学会誌)
- Renal Replacement Therapy(日本透析医学会国際誌)
- NDT: Nephrology Dialysis and Transplant(欧州腎透析/移植学会誌)
- Diabetes Care(米国糖尿病学会臨床誌)
- JCEM: Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism(米国内分泌学会誌)